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最高裁判所第二小法廷 昭和63年(行ツ)164号 判決 1990年7月20日

石川県小松市木場町力八一番地

上告人

小田合繊工業株式会社

右代表者代表取締役

小田賢三郎

右訴訟代理人弁護士

髙橋隆二

同弁理士

菅直人

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第一二二号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年八月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人髙橋隆二、同菅直人の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

(昭和六三年(行ツ)第一六四号 上告人 小田合繊工業株式会社)

上告代理人髙橋隆二、同菅直人の上告理由

第一 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令(確定特許審決の効力の及ぶ範囲の解釈、特許法第四四条)の違背がある。

一、本願は、原々出願を親出願(特許法第四四条二項の「もとの特許出願」を示す。以下同じ。)として分割出願(以下「第一の分割出願」という。)した原出願をさらに親出願として分割出願(以下「第二の分割出願」という。)したものであり、いずれの分割出願も特許法四四条一項に規定する適法な期間内に出願されたものであるところ、本願の拒絶査定不服審判手続において、上告人が主張した第一の分割出願の適法性(適法であれば本願の出願日は原々出願の出願日まで遡及する。)の実体審理(具体的には、原々出願と原出願の各発明の同一性の有無)が拒否されたものである。

その理由として原判決は、本願の親出願である原出願の審判手続において、すでに、第一の分割が不適法である旨の判断がなされその審判は確定している事実から「審決が確定したときは、その確定審決は、審決の結論及びその理由中の判断について当事者を拘束し、審判請求人をしてその効力を争い得ない不可争力、特許庁をしてその効力を変更することを得ない不可変更力を有し、かつその効力は審判の当事者のみならず第三者に対しても及ぶものである」とし、結局、「子出願の手続において、その確定した親出願の分割出願の適否を判断することは既に確定している行政処分を別個の行政手続によって覆すことを認める結果となり、許されないといわざるを得ない。」と判示した。

しかしながら、原判決は特許審決の確定の効力を不当に広く解釈し、ひいては上告人の本願特許発明における審理を受ける利益を無視し上告人の裁判を受ける権利を不当に侵害したものであって破棄されるべきである。

二、(確定審決につき一般的に実質的確定力を認めた点)

原判決は特許審決の確定の効力につき、いわゆる実質的確定力を一般的に認め、さらに第三者に対してもその効力が及ぶことを認めるものであって、行政行為の効力の解釈を誤ったものである。

(1)原出願に係る拒絶査定不服の審決が確定した経緯を詳述すると、次のとおりである。

(イ)原出願の発明につき、審査において旧特許法(昭和六〇年改正法前)三六条三項違反を理由とする拒絶査定がなされたので拒絶査定不服の審判請求がなされた。

(ロ)審判において新たな拒絶理由通知が以下のとおり発せられた。

本件出願の発明は、その出願前に日本国内において頒布された下記の刊行物に記載された発明であるから、特許法第二九条第一項第三号に該当し、特許を受けることができない。

特開昭五二-一二三六〇号公報

付記

昭和五一年特許願第八五九八三号の明細書の特許請求の範囲に記載された第二番目の発明(装置)にあっても、両ベルトの表面摩擦係数は当然〇、五以下であると推認される(仮に〇、五以上であるとすると加熱のため、実施不能となるはず)から、本願発明は、上記の第二番目の発明が区別がつかず、本願は、特許法第四四条第一項の要件を満たさず、したがって、本願には、同法第四四条第二項の規定の適用はない。

(ハ)右拒絶理由通知に対し、出願人は意見書を提出しなかった。

(ニ)審判は、右拒絶理由と同一の理由によって原出願を拒絶すべきものと審決し、その審決はそのまま確定した。

右確定審決は、原々出願(昭和五一年特許願第八五九八三号)と原出願の発明は同一であるので第一の分割出願は不適法とし、出願日の遡及は認めず出願日は現実の分割出願の日と認定したのである。右審決においての分割の適法性の判断すなわち原出願の出願日の認定は独立の行政処分ではなく、単なる前提問題についての判断にすぎないことは明らかである。

(2)原判決は「審決が確定したときは、その確定審決は、審決の結論及びその理由中の判断について当事者を拘束し、審判請求人をしてその効力を争い得ない不可争力、特許庁をしてその効力を変更することを得ない不可変更力を有し」と判示し、審決の結論ばかりでなくその理由中の判断(本件に関しては前提問題についての判断)についても拘束力、不可争力、不可変更力を肯定する誤った解釈をしている。

そして、原判決が本願につき「本願の出願日は、原出願の出願日である昭和五二年三月二八日まで遡及するにすぎず、それ以前に遡及することはあり得ないところである。」とし、その理由付けとして「分割出願制度の趣旨と原出願の確定審決の有する前記効力からの当然の帰結であって、」と判示するところからすれば、原判決が確定審決の効力について、裁判判決の既判力に対応するところの「実質的確定力」、換言すれば、当該行政行為で定められた内容が、それ以後の一切の機関の判断を拘束し、他の行政機関・裁判所は、これと矛盾する判断をなし得ないという意味のいわゆる「実質的確定力」を一般的に認めたものであることは疑いをいれないものである。

ところで裁判判決における既判力は民事訴訟の目的たる紛争の平和的解決による法的安定性の維持に奉仕することを第一義とし、それに付随して、争いのむしかえしを禁じて訴訟経済に資することを目的とすものであるが、判決理由中の前提問題についての判断には既判力が生じない(民訴第一九九条)。しかし一般の行政行為についてはこのような実質的確定力を認める合理的基盤はなく、特許審決のような争訟の裁断的性格を有し、当事者の手続参加を認める裁決・決定においても裁断機関の性格、(独立の第三者的性格を有するものではない。)手統の慎重性において裁判制度と到底比肩しえないものであって、実質的確定力を承認するに足る十分な根拠はないのである。特に、特許審決の効力については第一六七条において同一の特許発明につき再度審判を請求できない場合のみを規定している趣旨からすれば、特許法は確定審決につき実質的確定力は原則として認めないものであることが明らかである。さらに御庁の判例においても右の効力を認めたものは存在しない(参照・昭和四二年九月二六日(昭四〇年(行ツ)第一〇三号)。

原判決は確定特許審決につき実質的確定力を一般的に認めた点、さらに理由中の前提問題についての判断にまでその効力を及ぼす解釈をしている点いずれの観点からも違法である。

(3)原判決はさらに審決が確定したときはその効力は第三者に対しても及ぶものであると判示する。原判決が判示するその「効力」とは審決の結論だけでなくその理由中の判断をも含めたものを意味することは明らかである。この解釈が誤っていることは明白である。拒絶査定に対する審判手続において特許性が認められその審判が確定した後といえども第三者はその特許発明につき審判手続であらわれた同一事実及び同一証拠に基づき無効審判を請求することができることは当然認められている(特許法第一二三条)。又、再度の無効審判を許さない特別の場合を規定した特許法第一六九条は一事不再理効の及ぶ範囲を同一の事実及び証拠によって限定すべきものとしていること(参照最判大法廷昭五一年三月一〇日)からすれば特許法は確定審判につき対世的な一事不再理効ないし実質的確定力を認めないものであることは自明である。さらに、パリ条約上の優先権主張を伴う特許出願ないし分割出願の審判手続において、パリ条約上の優先権主張に伴う出願日の遡及の利益ないし分割出願に伴う出願日遡及の利益が認められ(又は認められず)特許査定がなされそれが確定した後といえども、出願人、第三者はその後の無効審判や侵害訴訟において出願日遡及に関する確定審判の判断と異なる主張をすることは認められており、これを疑うものはいない。これら出願日遡及の利益に関する判断は独立の行政処分ではなく(従って独立の不服申立は認められない。)特許性の実体判断に伴う単なる前堤問題にすぎないことからすれば当然のことなのである。公益性の強い特許発明の審判手続における確定審決(拒絶査定と特許査定を区別する根拠はない。)の効力を第三者に対しても及ぼすことは、第三者の利益を不当に侵害し、特許に独占権を認めた特許法の立法趣旨に反し、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する特許法の目的(特許法第一条)を没却するこになる。

三、(確定審決につき、別出願である本願にまでその実質的確定力を及ぼした点)

(1)原判決は「親出願の手続において、親出願が更にその親出願の分割出願としての要件を具備しないことが確定しているのにかかわらず、子出願の手続きにおいて、その確定した親出願の分割出願の適否を判断することは既に確定している行政処分を別個の行政手続によって覆すことを認める結果となり、許されないといわざるを得ない。」と判示し、結局、原出願の手続における確定審決の内容すなわちその理由中の判断である第一の分割出願が分割の要件を具備していないことの判断の効力を本願に及ぼしているのである。これは確定審決の実質的効力を当該確定審決に係る出願とは別出願である本願にまで及ぼすことに他ならず、分割出願制度の趣旨を誤解するばかりか確定特許審決の効力に関する解釈を著しく誤ったものと言わざるを得ない。

(2)分割出願の制度は、御庁が昭和五六年三月一三日判決(昭五三年(行ツ)第一四〇号)で判示したとおり、特許法のとる一発明一出願主義のもとにおいて、一出願により二以上の発明につき特許出願をした出願人に対し、右出願を分割するという方法により各発明につきそれぞれもとの出願の時に遡って出願がされたものとみなして特許を受けさせる途を開いた点にあることはもとよりであり、特許法第四四条二項は分割した新たな特許出願に出願の遡及の利益を与えているものである。その出願の遡及の利益を与える実質的基礎は、もとの特許出願時にすでに当該発明を開示しているからに他ならない。従って、特許法同項の「もとの特許出願の時」とは、もとの特許出願の現実の出願日ではなく、それがさらに出願の遡及の利益を受けるものであるときはその遡及の利益を受ける日まで遡及の利益を受ける日であることは異論がなく、特許庁の実務においても同様の取り扱いをしている(特許庁一般審査基準「出願の分割」六、六)。

そして、御庁前記判例においていみじくも判示しているように「第三者に対して不当に不測の損害を与えるおそれのない限り、できるだけこれらの発明について特許権を取得する機会を与えようとするのが、特許制度及び分割出願制度に一貫する制度の趣旨である」のだから分割出願した新たな特許出願が有する前記出願日の遡及の利益は不当に奪われてはならないのであって、当該新たな特許出願(子出願)とは手続上全く別個に進行する親出願の手続上の効力を子出願にまで及ぼすべき実質的根拠は見出しがたいのである。原判決は「既に確定している行政処分を別個の行政手続によって覆すことを認める結果」となることをその理由としてあげているが、子出願(本件では本願)において審理を求めているのは、すでに確定したその親出願の行政処分すなわち親出願の特許性の有無の判断ではなく、子出願の特許性の実体審理に伴う前提問題である親出願に係る「出願日」の事実認定(具体的には、原々出願の発明と原出願の発明の同一性の有無)であって、子出願の手統においてその事実の判断をすることを認めても何ら既に確定している行政処分を覆すことにはならないのである。

この点において原判決は分割出願制度の趣旨につき誤解があるといわなければならない。

(3)分割出願における親出願と子出願は、特許法四四条に定める特別の関係があるものの、以下に述べるとおりそれぞれ別個特立の出願としての性質を有し特許庁に係属するものであるから、親出願の手続の効力を子出願の手続に及ぼすべき実質的根拠はない。すなわち、出願日は新規性、進歩性等の実体的特許要件は独立して審査され(特許法第四四条第一項)、出願手数料はもとより新規性喪失の例外、優先権の主張は親出願とは別個独立して手続を履践する必要がある(同条第二項但書)。不適法な分割出願の場合は、子出願は出願日の遡及効の利益を受けられないことはあっても独立して特許要件が審査され(東高判五〇・一一・二六他多数)、分割後に親出願が取り下げ、放棄、拒絶査定が確定、無効にされた場合でも子出願には何ら影響はなく(東高判四〇・四・二二、東高判五八・二・二八)又、分割出願後親出願又は子出願のいずれかの権利を譲渡することも認められているのである。

(4)さらに、実質的に考えてみても原判決の論理には次のような弊害が生ずるのである。

親出願と子出願は前記のとおり別個独立した審査手続によって審査されるものであるから、出願人にとっては、それぞれにつき独立して特許を受ける権利を有するものであることはもとより、それらの権利行使につきそれぞれ独立して経済的意義を把握するものである。親出願又は子出願のいずれかの権利が譲渡された場合は手続の主体は別人格に帰属することもある。にもかかわらず、親出願に係る確定審決の効力特にその実質的確定力が子出願手続にまで及ぶものであるとすれば、親出願及び子出願のいずれもが特許庁に係属している場合において、親出願についてはもはや特許査定を得る経済的意義を見出せず拒絶査定を受けることについて全く異議がない場合において、親出願の拒絶査定に対しその理由のみを不服として不服申立することは許されないので(理由中の前提問題に対する判断については独立の不服申立は許されないから。)、結局不服のない拒絶査定の結論につき不服申立を強いられるという矛盾が生ずる。このことは手続上不経済であるばかりか、特許制度のみならず行政処分一般に不服申立制度を設けた趣旨と全く矛盾する。原出願に係る審判が確定した経緯において、前述のとおり、原出願の出願人は、審判において通知を受けた新たな拒絶理由に対して意見書等を提出せず争わなかったものであるが、これはまさに出願人が拒絶査定という結論においてのみ全く異議がなかったからに他ならないのである。

四、以上のとおり、原判決は、確定した特許審決の効力の及ぶ範囲につき、その解釈を誤り、ひいては、本願につき特許法四四条を誤って適用した違法が存する。

第二 原判決には理由に齟齬がある違法が存する。

原判決は一方において確定審決に実質的確定力を認める判断をしながら他方において「このことは、出願人に対し、二以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願として出願する機会を与え、この新たな特許出願が分割出願として適法なものであるときに、新たな特許出願にもとの特許出願の時にしたものとみなす遡及効を認める(特許法第四四条第一項、第二項)という分割出願制度の趣旨と原出願の確定審決の有する前記効力からの当然の帰結であって、このように解することは、親出願にかかる確定審決に実質的確定力(既判力)ないし一事不再理効を認めるものではなく、もとより子出願を不当に不利益に扱うものでもない。」と判示して確定審決に実質的確定力を認めるものではないとしているのであって、明らかに理由に齟齬が存する。

一、原判決が原出願に係る確定審決につき実質的確定力を認めたものであることは第一で述べたとおりである。再度、原判決の要旨について検討すれば、原判決は「原出願は、前記確定審決により、原々出願の分割出願として不適法であることが確定し、したがって特許法第四四条第二項の規定がなく、その出願日は現実の出願日である昭和五二年三月二八日となるものであるから、その原出願を分割出願した本願の出願日は、原出願の出願日である昭和五二年三月二八日まで遡及するにすぎず、それ以前に遡及することはあり得ないところである。」とし、さらに、「親出願の手続きにおいて、親出願が更にその親出願の分割出願としての要件を具備していないことが確定しているのにかかわらず、子出願の手続において、その確定した親出願の分割出願の適否を判断することは既に確定している行政処分を別個の行政手続によって覆すことを認める結果となり、許されないといわざるを得ない。」と判示する。すなわち、原判決は、原出願の出願日が昭和五二年三月二八日であることが確定しているので、本願においても、原出願の出願日は右日時と異なった日時とすることはできないとしているのである。原出願の審判においては、原出願の出願日の認定は理由中の前提問題に関する事実認定(実質的には分割の適法性の判断と同一である。)にすぎないのであるから、原判決は、明らかに、確定審決の理由中の事実認定の拘束力を本願手続にまで及ぼしているのであって、その意味で判断内容がそれ以後の一切の機関の判断を拘束し、それと矛盾する判断をなしえないという意味の実質的確定力を認めたものであることは疑いがないのである。

以上

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